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人の目を気にして苦しかった昔の自分へ伝えたいこと

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こんにちは、おすみです。

今日は少し重たい話をします。

テーマは「嫌われて孤立した高校時代の話」

この経験が、今の僕の価値観である、「他人の評価を気にしすぎない生き方」
につながっています。

長文になりますがお付き合いお願いします。

無邪気に笑っていた小学生時代

僕は小学生の頃、地域の野球チームに所属していました。

地元の仲ではとても強い部類に入るチームだったので、練習は基本毎日。週末は練習試合と小学生にしてはなかなかヘビーなスケジュールでした。

それでも仲の良い友達と好きなことをして過ごす日々は、とても楽しく、今でも人生をやり直すならこの時代からやり直したいなぁと思うくらいです。

“周りの目”を気にし始めた中学生時代

中学に上がると、環境が少しずつ変わりました。
小学校の頃と同じメンバーでも、そこには「先輩・後輩」の関係が生まれます。

「この先輩は怒らせないようにしよう」
「みんなと同じことをしておこう」

そんなふうに、だんだんと周りの評価を気にするようになりました。
いきなり社会性を押し付けられるというか、“協調性”という名のもとに、自分の気持ちより空気を読むことが大切になってくると子供ながら感じ始めました。

周囲と異なることをすれば仲間から外される。
上手にプレーしないと嫌われる。

そんな雰囲気を感じながら日々過ごしていきました。

野球を純粋に楽しめなくなったのも、この頃からだったのかもしれません。

嫌われて孤立した高校時代

高校に進学し、環境はガラッと変わりました。
仲の良かった友人たちはそれぞれ別の学校へ。
「友達がいないなら野球はやめよう」と思っていましたが、みんなが続けると聞いて、惰性で野球部に入部しました。

しかし、そこで待っていたのは思っていた「青春」ではありませんでした。

1軍・2軍という明確な派閥。
同じ学年でも、1軍に上がった仲間が2軍を見下すような空気感。
(今でも思い出すとクソみたいな部活だったなって思います。廃部になってしまえって思うくらいです。)

そんな中で、ある日ふと気づきました。

あれ?自分だけ、みんなの輪に入れていないな…。

部室で話していた仲間たちが、自分が近づくと黙る。
今まで普通に話していた同期がなんかよそよそしい。
ミーティングの内容を自分だけ知らされず、監督に怒られる。

そういった出来事が続いたことで、僕は確信しました。

「あ、これは嫌われてるな」

理由は分かりませんし、誰も教えてくれません。

ノリが合わなかったのか、うざかったのか、嫌われる事を言ったのか。
誰も答え合わせをしてくれません。

ただ、居場所がなくなっていく感覚だけが残りました。

「ごますり」でしか生きられなかった日々

そこからの高校生活は地獄でした。
とにかく「嫌われないように」振る舞うことばかり考えていました。

周りに話を合わせる。
ジュースをおごる。
面倒な仕事を率先してやる。

それでも、状況は何も変わりませんでした。
本音を隠して、人の顔色を伺うだけの毎日で、とにかくクソみたいな生活でした。

当時は気づけなかったけど、
今思えば、努力の方向を間違えていたんだなぁと思います。

あまりに辛かったのか、その頃の記憶はほとんどありません。
部活以外にも楽しかったことはあったはずなんですけど、それも含めて2年間くらいごっそり抜け落ちています。まったく思い出せません。

地獄の高校生活に転機が訪れる

そんなある日、他の部活から「人数が足りないから手伝ってほしい」と声がかかりました。
補欠メンバーの僕や後輩が数人呼ばれました。

顧問に「他に行って鍛えてもらってこい」と嫌味というかパワハラチックなことを言われながら助っ人として出向しました。

その部活の雰囲気は、とても明るく、誰もがのびのびとプレーをしていました。
僕も本当に居心地がよかったのを覚えています。

「野球やめて、こっちに来たら?ww」とメンバーの一人から冗談交じりで言われました。

僕は冗談半分の言葉を、本気で受け止めました。

多分限界だったんですね。普通なら受け流すところを僕は真に受けました。

やめることは“逃げ”ではなかった

これは部活特有の文化なのか、日本人特有の文化なのか、

「やめる・逃げる=悪」というイメージがありました。

それでも、仲の良い後輩に相談すると、彼も「僕も一緒にやめたいです」と言ってくれました。2人で顧問のもとに行き、「やめたいです」と伝えました。

案の定、激怒されました。まーめちゃくちゃ怒られました。
「お前は仲間を裏切るんだな!」と言われましたが、

「いやそもそも仲間ではないしなぁ、裏切ってはいないよな」と心の中で反論していました。

その後なんやかんやありましたが、無事に退部し新しい部活へ。

そこでは、自分らしく言いたい事を言ったり、仲間内で冗談を言い合いながら練習したりと、今でも楽しかったなぁと思います。

試合で肋骨を折るハプニングもありましたが、それすらも楽しい思い出です。

後悔と、今の僕をつくったもの

野球部時代の人たちとは、それ以来一切連絡を取っていません。
正直、取るつもりもありません。

仮に誰かが亡くなって葬儀の連絡があったとしても行くつもりもありません。
もう自分には関係のない人たちですし、関わるだけ時間の無駄です。

あのとき我慢せずに、もっと早く自分のやりたいことをやっておけばなぁ。
そう思うこともあります。

でも、あの苦しさがあったからこそ、今の僕があります。
「他人の評価ばかり気にして、自分を見失う辛さ」を知ったから、
今は「自分の好きなことをして生きよう」と心に決めて生きています。

やめたいなら、やめていいと思う!

もしも過去の自分にあえるなら、今すぐ部活をやめて好きなことをしろ!!
って言いたいです。

やめたって、死ぬわけじゃないし、
嫌なことから逃げたって、意外と何とかなるもんです。

どれだけ他人の評価を変えようとしても、他人はコントロールできないし、そもそもそういう人たちとは合わないんですよね。

だったら自分から居場所を変えて自分が合うと思った人たちと過ごしていたほうがよっぽど有意義です。

時間は有限です。お金は稼ぐことができるけど、時間は2度と稼げませんからね。消費していくばかりです。

高校生活はいい思い出として消費できずに後悔していますが、もう取り返せませんからね。

過去じゃなくて今と未来に目を向けて、「好きなことをして生きていく」をモットーに生活をしていきたいと思います。

今日はここまでお話しましたが、次回は「他人の評価を気にする」自分とどう向き合ってきたか。について話していこうかと思います。

今日はここまで!おわりー!

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